東日本タグボート株式会社
50周年記念サイト

1973
昭和48年
3月

八戸市大字白銀町字昭和町2番地3にて創立
八戸ポートサービス㈱より、曳船業務部門の営業権を譲り受け、2隻の曳船を傭船し事業を開始する

初代社長に大矢陽一が就任

資本金10百万円

4月
鎌倉丸(164㌧)を㈱日本海洋社(現:㈱新日本海洋社)より傭船し運航開始
白根丸(194㌧)を三栄船舶㈱より傭船し運航開始
4月

シルバーフェリー 八戸=苫小牧 航路が開設される

10月

オイルショックが発生し、燃料油をはじめ諸物価が高騰する

1974
昭和49年
7月
多聞丸(73㌧)を八戸港湾運送㈱より傭船し運航開始
1975
昭和50年
12月
本社を八戸市築港街一丁目1番62号へ移転
1976
昭和51年
1月

日光丸(167㌧)を室蘭通船㈱より購入し、海洋産業㈱(現:北洋海運㈱)へ傭船する

11月
野島丸(175㌧)を海洋産業㈱(現:北洋海運㈱)より傭船し運航開始
1977
昭和52年
4月

八戸港が水先区に設定される

7月
朝霧丸(175㌧)を海洋興業㈱(現:㈱新日本海洋社)より傭船し運航開始
1978
昭和53年

海峡ケーブル布設援助作業等、八戸港外業務の受注を強化

1979
昭和54年
4月
汐見丸(198㌧)を海洋産業㈱(現:北洋海運㈱)より傭船し運航開始
5月

東日本フェリ-㈱ 八戸=室蘭 航路が開設される

8月

資本金を20百万円に増資

1980
昭和55年
2月
きく丸(101㌧)を大東運輸㈱より購入し運航開始
1981
昭和56年
1月

第6鉄運丸(199㌧)を海洋興業㈱(現:㈱新日本海洋社)より傭船し運航開始

1月
大矢陽一逝去に伴い
第二代社長に阿部京三が就任
4月
野島丸二号(196㌧)を海洋興業㈱(現:㈱新日本海洋社)より傭船し運航開始
12月

榛名丸〈初代〉(175㌧)を海洋興業㈱(現:㈱新日本海洋社)より傭船し運航開始

1982
昭和57年
6月
欅丸(199㌧)を海洋興業㈱(現:㈱新日本海洋社)より傭船し運航開始
9月
自社建造船第1号 白鷗丸(191㌧)就航(後に十和田丸へ船名変更)
11月

八戸港において飼料コンビナートが操業開始
飼料穀物の輸入が始まり外航船の入港数が増加する

1983
昭和58年
2月

むつ小川原港に大型タンカー船が入港する事となり、
むつ小川原海陸作業㈱(現:むつ小川原マリンサービス㈱)が設立され、
当社で乗組員を採用し同社へ派遣する体制をとる

9月

むつ小川原港 石油備蓄基地の大型タンカー船が初入港
(日本の国家石油備蓄基地の入船第1号)
同タンカー船の入港補助作業を受注する

1984
昭和59年
6月
第三代社長に浦山昭二が就任
1985
昭和60年
7月
鎌倉丸二号(198㌧)を㈱日本海洋社(現:㈱新日本海洋社)より購入し運航開始
1986
昭和61年
10月
榛名丸〈2代目〉(198㌧)を海洋興業㈱(現:㈱新日本海洋社)より購入し運航開始
1987
昭和62年
3月

三嶋丸(198㌧)を㈱日本海洋社(現:㈱新日本海洋社)より購入し運航開始

1990
平成2年
3月
自社建造船第2号 八光丸(199㌧)就航
8月

湾岸戦争の勃発により原油価格が高騰、八戸入港の外国船も一時的に減少する

1992
平成4年
むつ小川原港に低レベル核廃棄物運搬船が入港開始
9月
自社建造船第3号 東海丸(256㌧)就航
10月
白鷗丸の船名を十和田丸に変更
1993
平成5年
10月

岩手県久慈港 地下石油備蓄基地の大型タンカー船が初入港

1994
平成6年
3月

八太郎1号埠頭にガントリークレーンが設置
同年8月にコンテナ船の入港が開始となる

7月
とうあ(171㌧)を海洋興業㈱(現:㈱新日本海洋社)より購入。船名を岬丸に変更し運航開始。
12月

三陸はるか沖地震発生(八戸震度6)
八戸市を中心に建物の損壊等の被害が発生し、八戸港においても液状化現象等により岸壁へ甚大な被害を被る

1996
平成8年
1月
白銀丸(177㌧)を㈱日本海洋社(現:㈱新日本海洋社)より傭船し運航開始
5月

東日本タグボート㈱、海洋産業㈱・苫小牧海運㈱(両社とも現:北洋海運㈱)の3社で、青森曳船㈱を設立
当社所有曳船「鎌倉丸二号」を青森曳船㈱へ傭船する

10月

豪華客船「飛鳥」が八戸港に初寄港する

1998
平成10年
4月

当社保有曳船「三嶋丸」を青森曳船㈱へ傭船する

10月
本社を現所在地(八戸市豊洲三番地11)に移転する
1999
平成11年
10月

青森曳船㈱へ傭船中の「三嶋丸」が青森港において強風のため沈没する

2000
平成12年
8月
自社建造船第4号『奥入瀬丸』(178㌧)就航
2004
平成16年
3月
自社建造船第5号『はやて丸』(178㌧)就航
2008
平成20年
5月
第四代社長に大矢卓が就任
2009
平成21年
3月
『千倉丸』(243㌧)を海洋興業㈱(現:㈱新日本海洋社)より購入し運航開始
4月

『千倉丸』内航海運業を開始
長距離曳航作業を受注する

2011
平成23年
3月

東日本大震災発生(八戸震度5強)

保有曳船については、八戸沖に逃れ被災なし
事務所については津波が襲来し、停車中の従業員車両の一部が海水に浸かる等の被害を受けたが、事務所建物等については津波が届かず被災を免れた
港湾施設としては八太郎北防波堤が決壊し、八戸港内にうねりが入る事態となり、当社の入出港支援作業にも影響が及んだ

4月

東日本大震災の津波被害により、シルバーフェリー(八戸=苫小牧航路)は八戸港着岸が困難となり、青森=苫小牧航路を暫定的に運航する事となる
当社曳船・白銀丸も4月より青森港に常駐し、フェリー入出港支援作業に従事する。

6月

平成8年に設立した青森曳船㈱を精算する

2013
平成24年
7月

東日本大震災の津波被害を受け、保有曳船の係船方法改良するため、浮桟橋(台船 TOYOSU)を導入する

2014
平成26年
3月
自社建造船第6号『かぶしま』(259㌧)就航
11月

八戸港ポートアイランドにJX日鉱日石エネルギーのLNG基地が完成

2015
平成27年
1月
八戸港ポートアイランドにLNG船が初入港
2016
平成28年
2月

暴風によりニッケル鉱石運搬船が漂流。当社曳船・千倉丸が自発的に海難救助作業を行い衝突等を回避、
八戸海上保安部より感謝状を授与される

9月

東日本大震災の津波被害を教訓に、被災リスクを軽減するため、保有曳船の係船場所を分散し、
内陸側の第一工業港付近に一部曳船の係船場所を移転する。

2018
平成30年
5月
自社建造船第7号『八甲田』(259㌧)就航

平成21年に事業開始した千倉丸の内航海運業を引継ぎ、港外曳航作業に従事する

5月
第五代社長に澤藤孝之が就任
9月

船員の就業環境改善を目的とし、保有曳船の船員室について個室化の改造工事を開始する
※令和2年(2020年)に全船個室化となる

2021
令和3年
8月

八戸港沖でチップ運搬船の座礁事故が発生、流出油の処理や船首部分の曳航を実施

2023
令和5年
3月
自社建造船第8号『とわだ』(197㌧)就航